So-net無料ブログ作成

「福禄寿」と「寿老人」と「ヒドラ」 [将来]

昨年12月に下見までして予定していた、「小江戸七福神めぐり」(川越の七福神)は、残念ながら参加できず・・・、という結果になってしまいました。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

下見したのでまあ良いかなあ?来年は是非お正月期間にめぐってみたいと思います。

ところで、七福神の「福禄寿」と「寿老人」は、同体で異名という説があります。

見た目はそれなりに違うのですが、共通しているところは長寿であるというところ。

福禄寿は、人間の3つの願い(幸福と財産と長寿の三徳)を具現化した神様ということですです。

ここでいう長寿は、単なる長生きではなく「健康で生き続けること」だそうです。

寿老人は、酒が好きで、不老不死の霊薬を持っているのですね。

財産があり、毎日酒を飲みながら健康で永遠に生き続けるって、やはり魅力ですね。

しかしながら現実は厳しく、そのようなことはどんなに科学が発達しようが、起こり得ないことだと誰もわかっていることです。

不老不死の考えは、非現実的だと。

ところが、不老不死の生物が見つかった、というニュースが流れました!

ヒドラという生物です。

1センチくらいの生物なのだそうですが、理想的な環境で生育させると、常に自分の細胞を最新のものに更新して生き続けるそうです。

つまり、全く老化しないで、永遠に生き続けられるのだそうです。

そんな生物の存在が明らかになりました。

研究が進みメカニズムが解明できれば、人への応用でアンチエイジングとか、今までの常識が覆される日が来るかも知れません。

福禄寿や寿老人が、現実の世界に現れるかも。

東京でも初雪が降り、本格的に寒くなってきましたが、そんな幻想を描きながら、今夜は熱燗でいきたいところです。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







自動運転システムの開発競争が激しい!本当に人間の幸福のためになるのか? [将来]

自動車を手放しで利用できる自動運転の技術開発競争が激化している。
法律などの整備が進めば、日本でも自動運転の車が走るのでしょうか?

スポンサーリンク



つづきはココから↓

フランスでの航空機事故は、副操縦士の意図的な行為によって起こったのではないか、と報道されている。航空機は本来、離発着以外は、自動運転(オートパイロット)で運航されているが、これを人為的に解除し、急降下、山に激突となった。善良な市民が巻き込まれる事故(事件)でこれ以上悲惨なことはない。
地球上で「最も安全な乗り物」と言われて、この瞬間でも何万人の人が航空機で移動しているが、そんなことは信じられなくなりますね。

自動車でもこのオートパイロット的な自動運転が実現しようとしている。自動運転の車が公道を走る日は極めて近いのです。人類の夢がかなうのです。
これがどんどん進化すれば、良いこと便利なことはいっぱい考えられますね。自動車の運転免許証がいらなくなる。交通事故が無くなる。コストが下がれば、誰でも手に入れられ利用できる。どこでも簡単に移動できる。・・・ドラえもんの映画に出てくる未来都市のようなことが本当に現実になるかもしれませんね!

しかしながら、人間にとって「便利なもの」と思われ開発、発明してきたものは、その使い方や、副作用によって「不便なもの」「危険なもの」「あってはならないもの」になってきた歴史がある。
身近のものでは、携帯電話。いつでもどこでも誰とでも連絡が取れる便利なものですが、休みの日や就寝中の夜中に仕事の電話やメールが入ってくる。24時間365日オン状態。オフになれる時が無い。
また、パソコンを利用することによって、文書の作成や発送、などの情報処理は飛躍的に早くなった。10人で1週間かかる仕事が、1人で1時間でできるようになった。これを毎日残業もやり1人の人が10時間やり続ける。

これって、本当に人間のためになったのでしょうか?幸福な人が増えたのでしょうか?

自動車の自動運転も実現すれば、素晴らしい技術となるでしょうが、その先に待ち受ける様々な問題も今から意識した方がよさそうですね。自動運転の車で無事故の社会を実現するためには、すべての車が自動運転で動かなければなりません。しかもその解除ができないようにしなければ航空機事故のようなことが起こってしますのです。前方の障害物を感知して車は止まっても、後ろから自動運転が解除された車が追突する、という事故(事件)は起こってしまうのです。テロリストもこれを悪用すれば、自爆などしなくても簡単に破壊活動もできてしまうかもしれません。

また、「車を運転する」という楽しみもなくなってしまいます。常に四方八方に注意を配り、安全に車を運転する、という行為は、人間にとって多くの感覚や運動の神経を使い、緊張を強いられます。しかしそのような状態で人間の脳は鍛えられるのです。鍛え無くなるとどうなるか、それは当然「人間にとって必要のない能力」となり退化していくのです。携帯やパソコンで文字変換ばかりやっていると漢字が書けなくなるように。

明るい未来というのは、何か?人間が本当に幸福になるというのはどういうことか?
新しい技術が開発、実現していこうとするとき、情報に流されず、その先を見据えてひとりひとりが考えていく必要があるのです。
人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







私立高校の修学旅行代金が高い理由があった!教材費の次に高いのがこれ? [将来]

私立高校では、修学旅行を海外で行う場合も多い。生徒にとっては、異国文化に触れること、パスポート取得などの手続を経験するなど、学べルことも多く、海外修学旅行を実施する意義は大きい。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

海外修学旅行の場合、その費用は1年生から毎月積み立て行くのが通例ですね。
行先にもよりますが、オーストラリアやアメリカなどだと40万円、アジアであれば20万円ぐらいかかります。
月々の支払は1万~2万円ぐらいなので、高いという意識はあまりありませんが、合計金額ってちょっと高くありませんか?
値段が高い、安いは何かと比較してということになりますが、これは旅行会社のパッケージ旅行や格安航空会社(LCC)の運賃など世の中に出回っている普通の価格に比べて、ということになります。

修学旅行代金が高くなる理由として、大きく3つの要素があるのです。
①航空会社の運賃
②旅行会社の競争
③学校の事情

航空運賃は、いわゆる定価というものはありますが、需要と供給の関係で、大きく変動します。
航空機を運行する以上、空席を運んでも満席でもコストは重量による燃費の違い以外にほとんど変わりません。
つまり空席を運ぶよりは、安い金額でも席を埋めて運航する方が利益が出るのです。
一方「修学旅行」という団体は、1年以上前からスケジュールが決まり、人数も何百名という、航空会社にとってはまさにドル箱なのです。航空会社同士の獲得競争もありますが、学校側は教育旅行という観点から安全、安心が一般的に打ち出せる日系の航空会社使用を指定してきます。すると持っている路線や機材などから修学旅行を受け入れられる日系の航空会社は限定され、ほぼ独占状態で運賃は「言い値」という結果になってしまうのです。
安い運賃の席は、一般的に発売され誰でも購入できますが何百席を確保することは不可能です。
このように大型団体の航空運賃は、スケールデメリットで、高くなってしまうのです。

次に旅行会社の競争です。大手~中堅の旅行会社は修学旅行の獲得は大変魅力的です。
毎年実施されること、人数が大型であること、失敗しない限り継続して受注できること・・・。
各旅行会社は「教育旅行」の専門部署を設けて、専門的にセールスします。
学校側は、取扱旅行会社を変えると旅行会社との打ち合わせが大変になり、「昨年と同様」であることは大変手間が省けるのです。
新規で参入したい旅行会社は、「同じサービス内容で、旅行代金を下げる」という手法は通じないのです。なぜなら学校側は旅行代金を下げるメリットがないのです。旅行会社を変え、旅行代金が安くなって、何が一トラブルが起こったら、それはすべて学校の責任になるからです。
しかしながら、何とか参入したい旅行会社は、あの手この手で近づいていくのです。
時には、文化祭の「しおり」に広告を出したり、寄付を出したり、理事長など学校幹部に贈答品を出したり、下見と称して接待したり、入学式、卒業式、体育際、文化祭の手伝いをしたり、・・・だんだんドロドロしていきます。
そのようなドロドロ状態になると、旅行会社同士で話し合い、校外学習やクラブ活動の合宿など修学旅行をメインに、その学校の行事を扱う会社を振り分け、順番に割り当てる(これを談合と呼ぶのでしょうか?)ことをやっているのです。ですから旅行代金はそれらの交際コストも含めて、高値で安定するのです。

最後は、学校の事情です。これは特例だと思いますが、ある学校の過去の事実です。
教材費と同じような手法なのかはわかりませんが、学校側の修学旅行運営経費(随行する先生の渡航費用や下見の費用)は、学校側の経費で出費されるべきものですが、これを生徒から集めた修学旅行費用から捻出しようとするものです。実際の旅行代金に上乗せして生徒から徴収するのです。これはいろいろ方法がありますが、旅行会社にその分を上乗せした旅行代金の見積もりを出させる場合もあります。学校側から1人あたり何万円かの学校の費用を入れるよう指示されるのです。つまりその金額は修学旅行に関係する費用以外にもいくらでも設定できるのです。実際の経費以上の金額を上乗せすることが可能なのです。そして何らかの方法でその上乗せ分を旅行会社が学校側に支払うということです。

このように修学旅行の代金は、個人のパッケージ旅行とは違い、代金がどうしても高くなってしまうのですね。
子どもにとっては、修学旅行というのは高校時代の最高の思い出となるはずです。
それに関わる人たちは、そのことを肝に銘じ、日本の将来のため素敵な修学旅行を演出してもらいたいですね!

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク