So-net無料ブログ作成
検索選択

トランザクティブメモリー [現代]

わからないことがあれば「PCやスマホで検索する」ということが当たり前の世の中になっていますが、検索をかけてもヒットしないことはたくさんあります。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

漢字や電話番号、一般常識などは、昔は自分の頭で記憶しないと大変な苦労することになりました。

ところがスマホという携帯できる道具が出現してからは、それらを苦労して覚える必要がなくなったのです。

このまま年月が経過すれば人間の脳は確実に退化していくでしょう。

しかしながら、このスマホも万能ではなく、検索してもヒットしないものもいっぱいあります。

例えば、あのAさんの趣味は?とか。

そんなことは当然スマホで検索してもわかりません。

そんなことはAさんに直接聞けばわかるのでしょうが、いつも聞ける状況にあるとは限りません。

そこで威力を発揮するのが「トランザクティブメモリー」(対人交流対記憶)なのだそうです。

「井戸端会議」的な人の集まりで、偶然顔を合わせる人との雑談の中にそれらの情報の糸口となることが多数存在するということ。

AさんとBさんはとても仲が良い、ということをCさんがその井戸端会議の雑談で、言っていたりすると、AさんのことはBさんに聞いてもわかるかもしれないのです。

つまり、「誰が何を知っているか、ということを知る」ことで、自分の知らないことでも短時間で効率よく知ることができるようになる、ということなのです。

個人の記憶の範囲ではよほどの天才でない限り、限界があります。

それを補う有効な手段ともいえましょう。

その時は、なんの役にもたたないであろうというくだらない会話でも、多くの可能性を秘めているのでしょう。

そのような可能性を考えると、人との何気ない会話もまた楽しいものです。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







入試の季節がやってきました [現代]

毎年訪れる入学試験の季節が今年もやってきました。入学試験の様子も時代と共にどんどん変化(進化)しています。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

「入試は、一発勝負」ということで、受験日もほぼ統一化され複数の学校を受験することは難しかった。

だから「その日」に掛ける意気込みと集中力は、だたものでは無かった。

・・・というのは、すでに過去の話になっています。

学校の乱立と少子化により生徒集め競争は、激化していると思われます。

受験生にとっては受験機会が増えることは良いように思われますが、誰でも同じように機会が増えるため、決して志望校に入り易くなっているというわけでもなく、相変わらずの「受験地獄」はあるのでしょう。

最近の受験手続も多様化していますね。

「ここがダメならここを受けよう」といういわゆる第二志望てきな受験の場合、あらかじめ両方の入学試験の申し込みをしなければならなく、しかも第二志望の学校が先に合格した場合は、入学金も払い込みをしなければならない、ということが良くありました。

今でもそのようなケースもあるのでしょうが・・・。

ある私立高校では「当日受験」というのをやっていました。

受験したくなったら、試験当日の朝申し込めばその日の試験が受けられるというものです。

ところで、高校の入試では「高等学校入学者選抜学力検査」と言い。大学では「大学入学者選抜大学入試センター試験」などと言ったりします。

高校は「検査」で、大学は「試験」。

「検査」はある基準に達しているかどうかを調べるもので、「試験」は、「試してみる」要素が強いのでしょうか?

「検査」は基準に足していないものの「足切り」のためのもので、「試験」はより優れているものを見出すためのもの、そんなイメージがありますね。

受験生にとって、そんなことはどうでも良いのでしょうが「試練」であることは間違いありません。

いや、受験生だけではありません。

人生は「試練」の連続なのですから。

「試練」はそれを乗り越えられるられる人のところにしかやってきません。

ガンバレ受験生!

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







先生の「家庭訪問」は現代でもあるのでしょうか? [現代]

最近の洗剤のテレビCMで、部屋中洗濯物が干してあるところに、学校の先生が突然「家庭訪問」に訪れて、慌てて洗濯物を片付けるというのがあります。今でも「家庭訪問」というのはあるのでしょうか?

スポンサーリンク



つづきはココから↓

昭和の時代、確かに「家庭訪問」がありました。

少しでも家庭を良く見せるため、大掃除は当然のこと、新しい座布団や茶器を調達したり、新しい服を買ったり、大騒ぎをしたものです。

子供の勉強環境も見られるため、その時だけはあり得ないほどきれいに整理整頓された状態になります。

こんな、非日常の状態を見て、先生は何を感じたのでしょうか?何の意味があったのでしょうか?

親のそのあたりの「感覚のレベル」を試したのでしょうか?

家庭が貧乏か金持ちを見極めたのでしょうか?

現在この辺りでは、家庭訪問は今では一切行われていません。三者面談など、あらかじめ日程が決められた日に学校を訪れて、先生からこどもの学校での様子を聞いたり、親から家庭での様子などを話してコミニュケーションを図ることを行っています。

これで十分かと思います。住んでいる家の環境や経済状況など把握しても、そのことで個別に特別な対応できるとも考えられませんので。

もし、生徒ひとりひとりに、その家庭環境に合わせた対応を先生がやらなくてはならないということなったら、相当な重労働になってしまうと思います。すでに重労働ですが・・・。

そんなことから、家庭訪問は現代では無くなった、と思っていました。

ところが、今回のCMで、まだ家庭訪問が行われているところがあることを知りました。

家庭訪問でも家の中に入らず「玄関先で立ち話」というやり方もあるようですが、これも近所の人に話の内容を聞かれる可能性もありますね。

そんな問題があるので、「希望者だけ」というのもあるようです。

こんな訪問なら、やらなくても良いと思ってしまいます。

また、現代は共働きの家庭も多く、平日昼間に家に来られるのは、仕事を休まなければならないし、休めなければ休日や夜間に、ということになるのでしょうが、これではますます先生や家庭のの負担が大きくなりすぎですす。

そんな状況なのに、現代でも家庭訪問が行われているとは、ほんとうに驚きです!

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







環境型セクハラとは? [現代]

2月14日のバレンタインデーまで1か月となりました。お店では特設コーナーを設けてチョコの香りが漂っています。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

女性から愛の告白として男性にチョコを渡す、という日本独特の習慣は、年々変化してきています。

女友達同士で交換する「友チョコ」や自分へのご褒美の「自分チョコ」、男性から女性へ何かをプレゼントなど、最近では、なんでもありといった雰囲気です。

バレンタインデーは、ホワイトデーも含めて、あくまでプライベートな「贈答品の行事」で個々の判断で行われる分には何の問題もないと思うのですが、職場での勤務中にも行われているのが特徴です。

いわゆる「義理チョコ」もそのひとつです。

「義理チョコ」など渡したくないと考えている人でも、周りの同僚が渡しているのを見ると義務感か生じる。

グループで渡すと決められ参加せざるを得ない状況に陥る。

「義理チョコ」を渡された側も返礼の義務感が生じたり、渡されたもの同等価値のものを用意しなければと、選定に苦慮する。

このようなことを上司に指示される、さらには義理ではない本気の告白が職場で行われるなどなど・・・。

このような職場環境が「嫌だな」「困るなあ」と感じてしまえば、やはり「環境型セクハラ」になるのでしょうね。

今後、バレンタインデー、ホワイトデーは、職場内での禁止行為となるかもしれません。

いろいろ難しい世の中になってきました。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







現代の鏡開き [現代]

1月11日。鏡開きの日がやってきました。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

最近の鏡餅は、外側がプラスチックになっていて中に小さい包装された餅が入っているものが多く、鏡開きも簡単になりました。

パックを開ける時には、はさみなど刃物を使わなければならないものがほとんどです。(結構硬い)

上から小槌などでたたくと、パカット割れて中身が飛び散って広がるような商品なんて見かけたことはありませんね。(どこかにあるのかもしれませんが・・・)

というのも、この鏡餅。何となく、単なるお正月の装飾のひとつとしてしか、考えていない人が多いからなのでしょう。

そもそも、なぜ「鏡餅」と言うのかさえ知らない人も多いのでは?

昔の鏡は青銅製で丸く「円満」を象徴するものでした。その鏡を餅で作ったのが鏡餅なのですね。

鏡開きは、正月が終わって、その鏡餅を砕いて広げて「円満を末広がりに広げる」という意味合いがあったのです。

丸い餅を刃物で切ることは「切腹」を連想させるため、小槌などでたたいて砕く、というのが正解なのだとか。

鏡餅のパック包装で、取り扱いが便利になりましたが、そんなストーリーが忘れられていくことは、何となく寂しい気持ちになります。

ぜひとも、上からたたいて、パカット割れる「現代の鏡餅」を開発してもらいたいものですね(笑)。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







ハンカチとちり紙の持ち物検査は昔話 [現代]

昭和の時代、小学校ではハンカチとちり紙の持ち物検査が行われていました。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

「ちり紙」もすでになんのことかわからない人も多いと思います。

ポケットティッシュなんてないころは、ちり紙を折りたたんで持ち歩いていたものでした。

当然ポケットに押し込んで持っていると、ボロボロになってしまいます。

小学校では、毎朝「持ち物検査」としてこハンカチとちり紙を机の上に出していました。

さらに両手の爪が伸びていないかも手を広げて、毎朝先生の検査を受けるのです。

その時の緊張感って今でも何となく覚えているものです。

今では、すっかりなくなりました。というか、やったら大変な事態となります。

これは、校則などでハンカチちり紙の所持を義務付けているならありうることですが、そもそもそんな校則は「無効」ということになるのでしょう。

しかしながら、ハンカチ所持を義務付けるルールがありました。

レスリングの国際ルールです。

「第 5 条 競技者着衣 」に、「ハンカチーフを試合中、身に着けなければならない。 」とあります。

試合前の審判の「所持品検査」でハンカチを持っていなければ失格となるのです。

これは試合中に出血した場合に自分で手当てをするためという理由だそうですが、現代では実際に出血したとしても、このハンカチを使うことはないそうです。

最古のスポーツと言われるレスリングで、試合相手に対するエチケットということで制定されたルールが、形骸化された現在でも削除させずに明文化されていることに驚きです。

また、ハンカチが正方形が当たり前と思っていますが、これもルールを決めた人がいました。

マリーアントワネットが夫のルイ16世に提言して決められたということです。

ハンカチは持ち歩くときに四つ折りにしておさまりが良いものなので、円形や三角、長方形だったらめんどうですね。収納にも向きません。「あたりまえ」と思っていたことが「ルール」だったとは・・・。

「ハンカチの日」の発見です。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







4トンの巨大チャーハン [現代]

中国で4トンの巨大チャーハンを作りギネス認定されたが、その後規約違反のため取り消しされたそうです。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

認定取り消しの理由は「食べ物を粗末にしたから」ということ。

余ったチャーハンをごみ収集車に積み込む場面がネット上で流れたとか。

出された食べ物を完食すると、「量が足りなかった」との意思表示ととられ、マナー違反となる中国。

「食べ残す」理由として他にもあります。何か食事に原因があり食中毒になった時などその原因究明ができるとか、食べ残しの食料で生きている人もいるとか。

今回の事件も、ごみとして廃棄するのではなく、人間が食べられなくなったものを養豚場に運んで飼料にしたということです。

このことに世界中から批判が集まった。

日本の食料需給率は、4割弱で6割以上を輸入に頼っています。

また、日本の食料廃棄量は年間1900万トン。この量というのは世界で7000万人が1年間食べていける量だそうです。世界でトップクラスなのです。

廃棄の原因は、無計画なまとめ買いで冷蔵庫にいれたまま消費期限、賞味期限が切れてしまうとか、スーパーなどでの過敏な期限管理、値引き販売をせずに早めに廃棄するなどなど。

こうして出された廃棄物は、ほとんどが飼料など有効活用されることなく、ごみとして焼却されていくのです。

今回ネット上で批判した人たちは、その立場にあるのか、その資格はあるのか、よく考える必要があると思います。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







埼玉県の高校入試と北辰テスト [現代]

中学3年生にとっては、これからが高校受験本番の季節を迎えます。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

中学3年のころ、入学試験という一発勝負に向けて、ひたすら勉強したことを思い出します。

埼玉県には業者テストで「北信テスト」というのがかつてありました。

昔は、公立高校の模擬テストで、自分の学力がどのくらいの位置にあるのか知るために受ける人たちもいましたが、受けない人もいました。

ところが、埼玉県内の現在の中学3年生は、なんと90%以上の人が受けているのだそうです。

学校でも、塾でもほぼ強制的に受けさせているのです。

その心は?

中学3年の北信テストの結果で、埼玉県の私立高校に合格できる、というのです。

10月以降、埼玉県内の私立高校は「学校説明会」と称して、中学3年生とその親を学校に招きます。

そのとき、北信テストの結果で最も良い成績のものを2か月分持ってくるように指示されます。

いざ説明会に出席してみると・・・。

全体での説明などはなく、個別のブースでの個別面談となります。

まず北信テスト結果を提出して、2か月分の平均偏差値を計算する。

すると偏差値によってどのクラス、コースになるのかという表が現れ、

「この偏差値ですと、"国公立選抜Bコース”で確約が出ます」などと言われます。

そこで、「国公立選抜Aコースで、なんとか確約もらえませんか?」などと言える場合があります。

すると担当教員は「第一志望ですか?」などと確認した後「ちょっと待ってください」と、どこかに行って戻ってきます。

「国公立選抜Aコースで確約します。」となるのです。

この「確約」というものは、受験すれば合格を保証するという意味です。受験さえすれば、たとえ点数が0点だったとしても合格するということです。

もし本当に第一志望であったらな、この受験生はこの時点で「高校受験」は終わるのです。

公立や他の私立高校が第一志望の場合は、高度な駆け引きで「確約」を獲得するのでしょう。

私立高校も少子化の影響で、「優秀な生徒をいかに集めるか」が死活問題となっているのですね。

何か、いびつ感がありますが、他の地域もこんな実態があるのでしょうか?

まあ、ずれにしても「受験」というものは、その時だけやっても仕方がなく、普段からの勉強で基礎的な力をいかにつけていくのかが大切、ということは変わりないのですが・・・。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







ごみの日 [現代]

この地区では、月曜日が「燃えるゴミ」の収集日。朝ごみを出しに行くと「今週も始まる」という気分になります。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

収集されたごみの行先は「クリーンセンター大崎」。
DSC_2504.jpg

1日あたり150トンのごみを燃やせる焼却炉が3基あります。数字だけではどのくらいの分量なのか想像できませんが・・・。

そして最大7300kwの発電ができ、このごみから生まれたエネルギーは、隣接する「見沼ヘルシーランド」のお風呂や温水プール、植物園などで使われているそうです。

日本では、ごみの処理ってだいたいこんなもんなのでしょうか。

ごみの分別とリサイクルに熱心な国、スウェーデンでは「ごみ」は処理するものではなく重要な「エネルギー」となっているそうです。

ごみ処理場で生成されるエネルギーは、電気が25万世帯、熱が95万世帯分にもなるということ。

スウェーデンで出される「ごみ」だけでは足りず、隣国ノルゥエーから「ごみを輸入」しているということです。

輸入といってもお金を払って買っているのではなく、逆にごみ処理費をもらっているのです。

これは、自国ノルゥエーでごみを処理するよりは、輸送コストを含めても安上がりになるからだそうです。

ところがノルウェーのごみ処理業者は、逆に処理するごみが無くなってしまい、イギリスなどからごみを輸入しているというのです。何とも奇妙な話です。

日本に居ると、ごみは厄介者扱いされることが多いのですが、グローバルな見方をすると状況も全く違ってくるのですね。

「ごみを少なくする」「出さない」「買わない」「・・・ない」という「NO」という発想はもちろん必要なのでしょうが、そればかりではなく、それを「YES」に転換するという発想も併せ持つ必要があるのかもしれません。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク







ゼロベースの考え方 [現代]

今までの習慣や常識といわれるものを一切取り払って、ゼロの状態から物事を見直す。できそうでなかなか難しいものです。

スポンサーリンク



つづきはココから↓

かわら版などから始まった情報伝達の方法も革命的なな進化を遂げました。

新聞、テレビ、インターネットとありとあらゆる情報があふれかえっています。

情報提供者は、マスコミなどの専門家だけでなく、SNSによって一個人でもいつでも世界中に瞬時に情報を発信しているのです。

その情報が正しいかどうかの判断は、より多く流されているもの、ということになりがちです。テレビ報道を見ても、どのチャンネルでも同じことを報道していれば、それは正しいことと考えてしまうのです。

間違った情報でも発信者が多ければ、正しい情報としてとらえられてしまう危険もあるのです。

そんなときは「ゼロベース」の考え方は必要ですね。

先日千葉で経産省が推進する石炭火力発電所の建設計画に、環境大臣がNOを出しました。温室効果ガス削減目標に支障を及ぼすからだそうです。

常識では、石炭は化石燃料の中でも二酸化炭素やその他有害物質が多くでるので良くないということになっていますが、本当にそんなにダメな資源なんでしょうか?

原発の核廃棄物に比べたら地球規模での危険度は、かなり低いようなきがしますが・・・。

今、技術革新によって「石炭」についての常識が覆されようとしています。

燃焼の高効率化によって二酸化炭素やその他の有害物質の排出を極限まで抑えられること、石炭ガスの技術開発によって、石炭から二酸化炭素を完全分離貯蔵できるようになれば、石炭から二酸化炭素発生をゼロに抑え、水素を生成することができるようになるようです。

水素は燃料電池などクリーンなエネルギーを作り出すことができるのです。

エネルギー問題もゼロベースで考え直せば、明るい未来が見えてきそうです。

9月5日、クリーン・コール・デー。

人気ブログランキングへ

スポンサーリンク